イコライザー

PG12としてはギリギリの線だろう、バイオレンスなシーンが連続する本作。そこに描かれるのは、きわめて純粋な勧善懲悪だ。
バイオレンスにあふれ、一貫して渋い雰囲気を味わわせながらも、「正義」とは何か、という、明快にして普遍的なテーマに挑んでいる。

老年にさしかかった男、マッコール(デンゼル・ワシントン)。ホームセンターで真面目に働く彼は、ある時深夜のダイナーで娼婦トミー(クロエ・グレース・モレッツ)と出会う。
同じ店にいるというだけの繋がりながら、ふたりは徐々に交流を重ねていく。
しかし、テリーのバックにいるロシアンマフィアから暴力を振るわれたことを期に、マフィアとの戦いを決断。一夜にして6人のマフィアを始末する。
突如として惨殺されたマフィアたちの真実を探るべく、始末屋・テディ(マートン・ソーカス)が現れ、殺人者の正体を追っていく……。

映画のほとんどの場面で出ずっぱりの主役、デンゼル・ワシントンの存在感はさすがだ。
彼の渋みのある表情と黙っているだけで画が保つ雰囲気が、この映画全体の、シリアスでどこか冷めたトーンを作り上げている。
残虐とも言えるような方法で悪党を殺していても、どこかで「この人はいい人なんだろうな」と思わせるような顔つきは天性のものといえる。
そんな彼にとって、この昼はホームセンター職員、夜は始末屋という設定はまさにはまり役。序盤、「前職は何なんだ?」と若い職員から聞かれるシーンから、過去がにおわされるシーンまで、ひとつの人生を経てきた男の顔を見せてくれる。

その敵役を張るマートン・ソーカスは、感情を消し去り、時に暴力的に、時に狡猾に自らの仕事を果たす冷酷な悪役を、これまた表情ひとつで演じきっている。
作品を通して両者が直接体面するシーンは何度かあるが、いずれも緊張感にあふれた見事な場面づくり。また、体面するたびにふたりの力関係、そしてお互いへの感情が徐々に変化してきているのも面白いところだ。

もう一人、忘れてはならない役者がいる。少女娼婦という、これまたエグいキャラクターに挑んでいるクロエ・グレース・モレッツだ。
自分がいる場所から逃れることができないという絶望に身を浸し、強者に逆らうことができない、作品世界の中の最大の弱者だ。
「こんなかわいそうな子を放ってはおけない」と視聴者に思わせなければいけない、重要な役柄である。
『キック・アス』のヒットガールとして悪党の足を切り飛ばしていたのと同一人物とは思えない弱々しい表情と声、それとは不釣り合いなほど肉感的な体つきで、「それしか生きる術がない」キャラクターを演じきっている。

さて、この映画をこれから見る方にいっておくとすれば、本作ははっきり言って「悪党が無惨に殺される」というのが最大の見所だ。
デンゼル・ワシントン演じるマッコールは、日常にしがみつきながらも、プロの殺し屋と渡り合う殺人術を身につけたキャラクターだ。それを反映して、彼は必ずその場で武器を調達するというスタイルである。
コルク抜き、割れたガラス、相手が持っている銃などなど。その場にあるものでその場を乗り切る、一種『メタルギア・ソリッド』的なアクション性がある。
もちろん、そんなわけだから殺し方は残酷だ。なじみ深い作品で言えば『必殺仕事人』的な、警察や法では裁けない敵を、体ひとつで仕置きする。悪党にはむごい死こそが相応しいというわけだ。

演出として注目したいのは、画面の明るさだ。
マッコールは昼と夜でまったく別の顔を持っているから、それが画面全体に現れる。
さわやかな青空の下で仕事に精を出しているかと思ったら、暗闇の中でひっそりと悪人を誅殺する。そんな二面性が、あらゆる場面に通底している。
それでこそ、マフィアが彼を追い詰め、昼の世界に侵蝕していくスリルがあるわけだ。

とはいえ、はっきり言ってマッコールは冗談みたいに強いキャラクターだ。
マフィアが何人もいる部屋の中にふらっと現れ、全員を殺して誰にも気づかれずに去っていく。彼の裏にある設定を踏まえても、ちょっと非現実的なほどの強さを誇る。
だから、悪事を働く人間が報いを受ける、その姿を安心して見ることができるわけだ。
とはいえ、そんな最強の男がどんな状況でピンチを迎え、その危機を何によって脱するのか。後半の大きなカタルシスになっているので、注目して欲しい。

イコライザーは電圧などを均一に揃える機器のことを指し、転じて「武器」の意味もある。
悪党には悪事の報いを与え、善人にはよき報酬が与えられるという、「本来あるべき姿」に社会をならすという意味もあり、またそれを行うには抵抗するための力が必要であるという意味も込められているのだろう。
しかし、見終わって思うのは、この映画に本当に二面性があったのかということだ。
木訥で几帳面なホームセンター職員。暴力によって悪を誅殺する始末屋。まるで違う表情で描かれる彼の言葉は、しかしどちらの場面でも人生を戦ってきた男の持つ渋みと強さを兼ね備えている。
このキャラクターを通じて、視聴者は血と火薬にまみれた戦いの中で描かれる、「良く生きる」ということについての哲学に触れることができるのだ。