寄生獣 PART1

『チェイス!』や『西遊記~はじまりのはじまり~』は、数十億円の制作費が投入されており、超大作がアジアでも作られてるようになってきた。ハリウッドでは100億を超える超・超大作も年に何本も製作される。

そんな中、邦画では超大作と言われる作品でも10億に届くか届かないか、といったところだろう。

『寄生獣』はその中にあって、異例の制作費が投入された。『るろうに剣心』と並び、漫画原作にしてビッグバジェットの力をふんだんに活かした、大人のエンターテイメント作品である。


 

日本各地に、人間の体に寄生する「パラサイト」と呼ばれる謎の存在が現れる。もしも脳に寄生すれば、その人間に成り代わり、他の人間を食料とする、いわば人類の敵ともいえる存在だ。

平凡な高校生・泉新一(染谷将太)の右手もまた、パラサイトに乗っ取られてしまった。「ミギー」と名付けられたパラサイト(声:阿部サダヲ)は「脳を奪えなくて残念」と言いながらも、寄生主である新一と共生すると告げる。

一方、人間の脳を奪ったパラサイトたちは、人間を襲い、その肉を食っていた。その矛先は新一とミギーらにも向けられ、彼らは否応なくパラサイトとの戦いに巻き込まれていく。

新一たちの前にも田宮良子(深津絵里)と名乗る、人間として生きるパラサイトが現れる。水面下で着々と進行する人間とパラサイトの対立は、やがて新一のガールフレンド・村野里美(橋本愛)をも巻き込んで、世界を変えていく……。


岩明均の原作を読んだことがなくても、衝撃的なビジュアルを一度は見かけたことがあるだろう。

筆者自身も、映画を観るまでに原作を読んだことはなかったが、奇妙だがどこか愛嬌があるミギーの姿は頭にこびりついていた。

『寄生獣』を映像化するにあたって最も重要なのは、ミギーをはじめとしたパラサイトたちの実在感だ。これが説得力を欠いていてしまっては、見ていてしらけてしまう。

パラサイトたちをVFXで表現すると決まったとき、映画独自のデザインコンセプトを作ることも、もちろんできたはずだ。だが、あえて原作のビジュアルをそのまま持ってきたのは、さすが原作へのリスペクトを重視する山崎監督というところだろう。

もちろん、それを実現させるだけの制作費を集めることができるのも、押しも押されぬヒットメーカーとしての実績があるからだ。


実写に漫画の世界観をそのまま持ち込んだようなビジュアルは、止め絵ではやや違和感があるものの、アクションシーンとなると見栄えは抜群だ。

だがパラサイトは頭を変形させて攻撃するという都合上、役者の顔の演技が映せないという難点がある。これに対して、本作が取り組んだのは「変形する前の顔を印象づける」ということだ。人間としての表情を作ることになれていないパラサイトたちの演技は、頭にこびりつくような違和感を観客に残す。

その上、パラサイトごとに演技の質がまったく違うということはなく、たしかに同じ種族に見える。演技指導には相当力が入ったことだろう。

特に、島田秀雄役・東出昌大の表情は絶妙だ。人間に溶け込むために人間のフリをしている異形の説得力がすばらしい。


その中で、生き生きと表情を見せなければならない染谷将太と橋本愛もいい仕事をしている。

頼りなげでおどおどした雰囲気で、驚いたり呆れたりという感情を前に出した染谷将太は、しかし終盤驚くほどの変化を見せる。ポスターアートでもみられる通りの、どこか虚無感を漂わせた「目」は、原作の泉新一の姿がはっきりと重なって見える。

橋本愛が演じる村野里見は、原作からキャラクター造形が変更されている。その狙いは明らかで、ともすれば暗くなりがちな作品のバランスを取るためだろう。事実、彼女が出るシーンでは、必ず新一と観客は安心感を覚えることになる。


キャラクターの造形が最も大きく変わっているのは、主人公の1人と言えるだろう、ミギーだ。

原作よりもやや異様さが押さえられ、ユーモラスになっている。早口でコミカルな台詞回しを得意とする阿部サダヲの演技はその狙いにぴったりだ。

原作読者からすればこのミギーのキャラクターを受け入れられるかどうか、というのは大きな障害になっているようだ。他のパラサイトは一様に演技の方向性を固めて演出されているため、もしかしたら劇場版ではミギーに何らかの特別さがあるのかもしれない。……というのは、筆者の希望的観測ではあるのだが。


パラサイトの設定上、役者の体を駆使したアクションシーンが使えないのは大きな制約だ。それでも、普通の生物ではあり得ない動きをさせ、スピード感重視、一瞬で勝負がつく、一種のチャンバラ的なアクションの見せ方は面白い。そういえば、ミギーが剣道を参考にするシーンがあった。それも、アクションのコンセプトを示唆していたのかもしれない。

また、制約を逆手に取ったA(池内万作)との戦いは、緊張感を打ち出す演出だ。そして、クライマックスにあたる対決では、いよいよ染谷将太が持ち前の体術を存分に使って盛り上げてくれる。

タメが長かったぶん、最終局面のアクションは見せ場もたっぷり。意外な展開も盛り込み、原作の一面を抽出したストーリーテリングも重なって、おどろくほどストレートな感動を伝えてくれる。


シナリオは原作の要素を絞り込み、抽出した内容だ。サブストーリーが統合されるなどして、話のテンポは実によい。新一の家族まわりの設定が大きく変更されているのがもっとも大きな変更点だろうが、これもテーマを強調する効果を生んでいて、決して改悪とはいえない。おそらく、完結編での田宮良子の決断に繋がっていくのだろう母親の演出は、映画オリジナルだ。これをどう活かすか、監督・脚本家の手腕が問われるところである。

あえて難点をあげるなら、一箇所だけ、とつぜん里美の視点に切り替わる箇所だ。ゴミ箱のある場所を公園からコンビニに変えたのは現代的なアレンジだし、新一の変化を表現する重要なシーンだ。だが、里美の描写がこの時点ではやや希薄に思えた。できれば、彼女自身の視点を別の場面で先に見せておくと、より効果的だったのではないかと思う。たとえば、ベッドの上で新一を心配して悶々とするシーンなどがあればよりよかった。(多くの観客が賛同してくれることと思う)


とにかく、原作の評価に堂々と挑戦し、見事に乗りこなしている印象だ。4月に公開されるという完結編には、原作を読んだ上で万全の状態で望みたい。



このボタンを押すと、ネタバレ部分が表示されます。