泣く男

『アジョシ』で大ヒットを飛ばし、韓国を代表する映画監督となったイ・ジョンボムが描き出す、緊迫感に溢れたアクションシーンを堪能できる。

主演のチャン・ドンゴンも、また韓国を代表するスター俳優だ。しかし、その正統派のイメージとは大きくかけ離れた、凶暴な殺し屋役に挑戦していることも注目を集めている。

犯罪組織に雇われた殺し屋、ゴン(チャン・ドンゴン)。ある晩、彼はロシアンマフィアの取引現場へ押し入り、その場に居る男たちを皆殺しにする。だが、ふとしたことからその場に居た少女ユミ(カン・ジウ)をも殺してしまう。

その行いから行方をくらましたゴンを、犯罪組織のボスは追い、新たな命令を下す。それは、ユミの母親であるモギョン(キム・ミニ)を殺すこと。

最後の仕事と決めて祖国・韓国へ降り立つゴン。一方、モギョンは愛する娘を亡くしたことから、深い悲しみに覆われていた。

はたして、ゴンはモギョンを殺すのか、それとも……。

韓国映画の底力を見せ付けるような、ダーティで鋭いアクションには目を見張る。

そのアクションは冒頭のシーンから惜しげもなく披露される。超人的なアクションをじっくり見せ付けるというよりは、「人を殺す」という行為のあっけなさ、残酷さを強調するような、ワンショットでの流れるような動作が印象的だ。

引き金を一度引けばひとりが死ぬ。ロシアンマフィアを皆殺しにすると、ゴンと同じ韓国人の男が残るわけだが、彼はすぐには引き金を引かない。なぜなら……という部分に、「あっけなさ」がまざまざと見せ付けられている。

主役のゴンは、自らの感情を封印し、組織の一員として命令の通りに仕事をこなす殺人マシーン。

ともすれば書き割り的な、典型的な殺し屋であるキャラクターだ。しかし、40歳を超えたチャン・ドンゴンの渋みと、そしてどこか獣性を感じさせる演技が単なる殺し屋ではない、深みを与えている。

彼がいかにして感情を封印し、そして生まれ育った韓国に立ち返ることで蘇ってくる感情に、どのように向き合うか。それがこの物語を通じて描かれるストーリーである。

泣く男、といいつつも、もちろんゴンは涙をみせるようなキャラではない。果たして彼がいつ涙を流すのか。そしてそれはなぜか。ぜひ注目して見てもらいたい。

ヒロインを勤めるキム・ミニは、娘がいて、離婚を経験した大人の女性。キャリアウーマンとして、一種非情なほどの決断を下す彼女の背景には、むろん娘と別れざるを得なくなった状況によって捨て鉢になっている部分もあるのだろう。

決して理想化された人格、守られるべき女性としては描かれていない。このキャラクター造形が、まさに韓国映画の真骨頂とでも言うべき、深みとえぐみのある人物になっている。

今の彼女の環境が誰によってもたらされたものか。それを踏まえれば、いっそう興味深いキャラクターに仕上がっている。

序盤は、モギョンを追うゴンと、愛娘を失ったモギョンの生活を対比して進む。もちろん、ゴンはモギョンを殺すために来ているわけで、ふたりが邂逅するときには画面に緊迫感がみなぎる。

とある事情によりすぐ殺すことはできないのだが、その理由がなくなった時、ゴンがあまりに無防備なモギョンに銃を向けた瞬間。第一のカタルシスが訪れる。

 モギョンが寝ているすぐそばで映像を眺めているなど、やや緊迫感を欠く演出もあるが、それはゴンの感情を補強するためには有効に働いている。

その後は一転、モギョンを追う殺し屋たちと、彼女を守ろうとするゴンの戦い……というよりは、殺しあいへと発展していく。組織の3人の殺し屋は個性的で、楽しくも恐ろしいキャラクターになっている。

特に、ゴンの心情を唯一理解することができる敵として配置されているチャオズ(ブライアン・ティー)の存在感はかなりのもの。

 もっとも、チャオズについては、明らかにエピソードが足りていない。セリフで一言説明があっただけでは、ふたりの間に流れる、一種情愛に近いほどの感情を想像することは難しい。不親切になりすぎているので、できればどこかで深い関係をにおわせる演出が欲しかったところだ。

アクションシーンの見所は、中盤のマンションでのシーンだ。

前後から狙撃手に狙われ、少しでも動けば撃たれるてしまう状況。その中で身動きの取れないゴンとモギョン。この危機をいかに脱出するかという、サスペンスに満ちた状況だ。

 ここでは、モギョンが血の海の中を歩いて行く演出も素晴らしい。今まで単なる被害者であったモギョンが、自分の足で死体を踏み越えていく決断をするわけである。その決意、そして血に汚れることの意味。後の展開を暗示し、さらにその後の彼女の人生にも思いを馳せざるを得ない。

この映画の背景にあるのは、犯罪組織が跋扈する国際情勢。そして、誰もが上へ登ろうとする韓国という国の世界だ。

上へ登るためには、個人としての幸せを捨て、感情を捨てることでもある。ゴンのいる裏の世界と、モギョンのいる表の経済界。その間にどれほどの差があるのか。ブローカーであり、同時に裏社会にも手を染めるジョン・リー(キム・ジュンソン)の告げる衝撃的な一言が、この世界観をぐっと印象づけている。

「銃のかっこよさだけでなく、恐ろしさを演出したかった」とイ監督が言うとおり、凶悪な銃の力が全編を通じて大迫力で描かれる。

ポスターで見せ付けられるチャン・ドンゴンの素晴らしい肉体だけでなく、銃に頼らざるを得ない彼らの生き方と、その背景にある物語、そして世界。韓国という国の今を肌で感じられる作品だ。


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