紙の月

犯罪をテーマにした映画は、見事な手際やいかに追っ手から逃れるのかというスリルの他に、ついつい期待してしまうものがある。それは、破滅の瞬間だ。

犯罪は人の心を大きく揺さぶる。「清く、正しく、美しく」という言葉があるが、言うまでもなく犯罪は清い行いではない。社会正義に背いた、不正でもある。だが、それらを踏みにじっても、自分のやりたいこと、求めるものに向かって突き進み、やがて破滅していく姿は、一種の美しさを感じずにはいられない。

すべての犯罪がそうだというわけではない。だが、本作で描かれる横領犯には、破滅へ向かう美を感じずにはいられない。

1994年。銀行で契約社員として働く梅澤梨花(宮沢りえ)は、外回りの営業で見事な成績をあげ、銀行の中で存在感を増していく。一方で、私生活では夫とのすれ違いが続いていた。

そんな中、ふとしたきっかけから大学生・平林光太(池松壮亮)と不倫関係に陥った梨花は、彼との関係を続けるうちに客から預かった現金に手を着けてしまう。やがて梨花は銀行員の立場を利用し、次々に横領を繰り返す。

華やかな生活と、深みにはまっていく犯罪の中で、梨花の感覚は狂い、暴走していく……。

まず触れなければならないのは、原作からの大胆なアレンジだ。

梨花というキャラクターを掘り下げるために、吉田監督が選んだのは、彼女がいる「場所」を緻密に描き出すことだった。主婦から一転して働き始めた梨花にとって、銀行はいわば自分の力で入り込んだ異世界だ。

一種、内的世界とも繋がるようなその場で、観客はいやでも彼女の心を鏡に映したような存在に注目せざるを得ない。

一見、頭も尻も軽いように見えながら、ちゃっかりと美味しいところを持っていく相川(大島優子)と、どこまでも順法精神にあふれるお局の隅(小林聡美)だ。

梨花が迷っている時に、不意に「もっとすごいことをしてる」なんて風に平然と言ってのける相川。彼女が罪に飛びこもうとするとき、必ずその前に姿を表す隅。実在の人物を借りて、彼女の良心と悪心が語りかけているようでもある。

 そして、梨花が引き返せない段階に踏み込んだ途端、相川が姿を消すというのがまた素晴らしい。その時から、隅は仲間ではなく、彼女を断罪するものとして存在感を増していくのだ。
 梨花の前で、善と悪、モラルと誘惑を体現してみせるこのふたり、なんと原作には存在しないキャラクターなのだという。これには恐れ入った。

いざ犯罪に手を染めるまでの描写も鮮やかだ。

まず第一に、夫との関係。うまく気持ちが通じ合っていないことを、「自分で稼いだお金で夫にプレゼントを贈る」というところからはじめて、非常に収まりの悪いやりとりで浮かび上がらせる。

そして、「自分はうまくやれる」と思わせるまでの過程もいい。パートから契約社員になり、やりはじめたばかりの仕事で見事な成果をあげる。その過程で見せ付けられる、40歳の宮沢りえの、熟れたエロスは凄まじい。なるほど、普通の女ではない、と思わせてくれるだけの説得力がある。そして、それは彼女の本質ではないと終盤で明かすのも、凄まじい手腕だ。

さらに、20歳近くも年が離れた光太との不倫へ至る過程は、おそろしく不安定でありながらも、見事な綱渡りを見るような、不安や焦燥に駆られながらも、喝采を送らずにはいられない、そんな世界に観客を引きずり込むパワーがある。けっして、宮沢りえのベッドシーンが見られて嬉しくて言っているわけではない。

実際に横領を犯す前の段階で、「どうしてもお金が足りず、一瞬だけ……」という、あの展開が入っているのも見事だ。一度やってしまえば、次も同じようにできる、という意識が芽生えるというのが、たしかに伝わってくる。

94年という時間設定を鑑みれば、「あっ、今ならすぐバレるだろうけど、この時代ならもしかして……?」と思うような、そんな説得力さえ感じてしまう。

そうして、緻密にコントロールされた観客が「この状況なら、自分もやりかねないかも」とガードを解いた瞬間に、強烈なラッシュが始まる。観客の予想を遥かに超えて、梨花の行動はエスカレートしていくのだ。もはや、跳躍、飛翔だ。恐ろしい高みにまで到達する。

自らの狂気に飛びこみ、深みにはまっていく姿は、いっそさわやかに思える程である。主婦としても、銀行員としても、どこか不満を抱いていた梨花は、その時たしかに自分の望みをかなえていたのだ。

見ていただければ分かるが、それは不倫願望だけのものではない。もっと根源的で、破滅的なものである。

そう、彼女が破滅に向かって突き進んでいるのは、観客には明らかなのだ。

銀行の中でお金を盗めば、いつか明るみに出るに決まっている。観客も、そして梨花もそのことには気づきながらも、いつその瞬間が訪れるのかを心の底で待ち構えているのである。

ところが、それに反して画面はどんどん明るく、楽しく、アップテンポになっていく。横領したカネを使っている瞬間にこそ、彼女は輝いていくのだ。

そして、いよいと訪れる破滅の瞬間。広がっていた世界が次々に閉じていき、やがて彼女をある部屋の中に閉じ込める。その部屋の中で対峙する人物との張り詰めた会話に、この映画のテーマが凝縮されている。

最後の最後に、この映画の描いてきた本当のメッセージが明かされる時、息を呑まずにはいられなかった。「金で幸せは買えない」なんてことを、こんな形で突きつけられては、そんなありふれたメッセージがいかに重い意味を持つのかを考えずにはいられないではないか。

ここまでで分かるように、本作は宮沢りえという女優を中心に据えた一本であり、彼女の存在感が全編を支えている。

くたびれたエロティックな雰囲気(これが本当にすごい)が、光太との逢瀬を重ねるうちに輝かんばかりの張りを取り戻し、自分の行為を止められない狂気をまといはじめる。

普通の女性の人生ではまず味わえないだろう境遇を、見事に演じてみせている。それは、もしかしたら「あの時代」にもてはやされて栄華を極めた彼女自身のキャリアとも重なっているためかもしれない。

いずれにしろ、普通なら荒唐無稽としか思えないような選択をする梨花というキャラを演じきったことには畏敬の念を抱かずにはいられない。

部屋の中に閉じ込められた梨花の、破滅のその先。文字どおり、彼女を閉じ込めていたものをぶちこわして走り出す姿は、傷口をむき出しにしたような痛々しさと、どこか官能的な疾走感に満ちている。

問いかけられたメッセージに対して、梨花が答えたあの言葉。むろん、それは観客に投げかけられているのだ。

あなたはこの映画を頷いて見終えることができるだろうか。



このボタンを押すと、ネタバレ部分が表示されます。