アメリカン・スナイパー

巨匠クリント・イーストウッドにとって、暴力、そしてその最大の発露である戦争は、重大かつ重要なテーマであるようだ。

「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」で太平洋戦争を描き、「グラン・トリノ」では朝鮮戦争の記憶に苦しむ元兵士を演じて見せた。彼が興味を向けているのは、戦場で暴力を振るったものもまた、自分自身の暴力に苦しめられるという、いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)である。

イーストウッド最大のヒット作となった本作では、イラク戦争がいかなるものであったかという大きなテーマではなく、そこにいたひとりの兵士がたどった人生に焦点を当てている。

日本人である我々からすれば、現代のアメリカの現実を知る一端にもなるだろう。


テキサスで生まれ育ったクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は、アメリカ大使館爆破事件のニュースを聞き、愛国心に駆られて海軍の特殊部隊へ入隊する。

訓練中に出会った女性・タヤ(シエナ・ミラー)と結婚したクリスだったが、アメリカ同時多発テロによってイラク戦争が始まり、彼は最前線のイラクへ向かうことになる。

狙撃兵として優秀な戦果を上げるクリスは、やがて伝説と称されるほどになっていた。テロ組織の幹部・ザルカーウィーを捜索する作戦に参加し、幾度もの死闘をくぐり抜ける。

しかし、凄惨な戦争の記憶はクリス自身をさいなみ、家族と一緒にいるときですら、心穏やかではいられなくなっていく……。


開始してすぐに語られる幼少期の思い出からして印象的だ。

父親は人間には3種類しかいないとクリスに語る。「弱い羊を、狼から守る牧羊犬になれ」と教え、そして猟銃での狩りが幼少期の楽しい思い出として描かれる。

日本人からすればイメージしにくいかもしれないが、テキサス州ではごく一般的なことであるらしい。後にクリスを射殺するエディー・レイ・ルースも、同様に幼い頃からテキサスで狩りをたしなんでいたらしい。

テキサスで真っ直ぐに育ったクリスは、アメリカへの愛国心のままに軍隊へ入隊する。そこで狙撃の腕を磨くわけだが、過程が手際よく見事だ。活躍の場を見つけられなかった田舎者がみるみる才能を開花させていく姿は、観客にとっても楽しい。

青春ドラマもかくやというようなタヤとの恋愛の過程もテンポよく、美しく明るい画面も相まって、すでに序盤で観客はこのふたりのことが好きになっているはずだ。善良な市民そのものである。


だが、この善良な一市民を描くことこそ、重要だ。

戦争といえば勇敢な兵士や残虐な指揮官がいるようなイメージを持ってしまいそうになるが、実際にそこにいるのは、ほとんどが善良な市民なのだ。

そんな市民のひとりである彼が、911からはじまるイラク戦争に参加する……そして、初めての狙撃。

カイルがはじめて狙撃した対象は女性だ。予告編でも使われていたショッキングな展開は、前後を理解していればますます胸を打つ。

しかも、子供や女性を撃ち殺したことが「すばらしい仕事だった」と賞賛されるのだ。このことだけでも、価値観が歪み始めている。だが、戦場ではそれが当たり前なのである。


この後、4度の派遣で160人もの狙撃を行い、味方からは伝説と称えられ、敵からは悪魔と恐れられるほどになっていく。

ガンダムじゃあるまいし、と言いたくなるような称号だが、劇中での活躍をみれば無理からぬことだ。

ところで、狙撃手は戦場においても特殊な存在なのだという。

前線で弾を撃ち合う兵士と違って、安全な場所から敵を狙うことから卑怯ものと呼ばれることもあるらしい。

また、戦場に立つ兵士は、狙撃手を最も恐れるという。なぜか。ひとつには、現代の狙撃銃の弾丸は音速を超える速度で飛ぶ。すなわち、自分が撃たれることを撃たれる前に予測することが不可能なのだ。

これらの特徴は、イラク側の敵狙撃手(これまたドラマティックな経歴を持っている)の描写によく現れている。


そして狙撃手は狙って撃つ性質上、これから殺す人間の顔をみることも多い。

場所を狙って撃つのではなく、間違いなく自分が誰かを殺すために引き金を引くことになるのだ。どんな形であれ、誰かを殺したという記憶は、脳裏に汚泥のように溜まっていくだろう……それも、160人分だ。どんな気持ちになるのか、計り知れない。

その記憶が、(たとえ本人は無意識だったとしても)カイルを蝕んでいく。

家の中にいても近所の物音に敏感になり、わが子の泣き声にすらストレスを感じるようになる。

やがてその異常性は観客をも不安にさせ、画面全体を緊張感にあふれた世界へ交えていく。

タヤから「戦争ではなく家族を守って」と言われた際に、「家族を守るために戦争に行くんだ」と答えるほどだ。もちろん、元からの考え方もあるだろうが、どこか死んでいった仲間への執着を感じずにはいられない。

これらの感情の機微を抜群の存在感で演じ上げたブラッドリー・クーパーには、惜しみなく賞賛を贈りたい。


戦場の演出はさすがの一言。特に、イラク戦争の性質上市街戦が多いこともあり、戦場での混乱はすさまじい。「フューリー」の狂騒的な戦争描写のイラク戦争アップデート版、と言っても良いだろう。

どこに何があるのか、最前線ではほとんど気にしていられる余裕はない。一方で、狙撃は退屈でありながらも戦場を俯瞰している。これらの使い分けが物語的なシーンの意味とも見事に絡み合い、戦況とカイルの変化を映しだしている。

混乱が最大限に高まるクライマックスは圧巻だ。どこから狙われているか分からない、いつ自分に弾が命中するか分からない。その状況をあんな方法で演出するなんて、すばらしいアイデアである。あれをみて、戦争に行きたいとはとても思えない。

それに重ねるようにして、テレビの「砂嵐」を思い出させるシーンも見事だ。彼が何を思ってあの画面を眺めていたのか、それは観客それぞれが想像するしかないのだ。。


元軍人とおぼしき男性らと射撃をしているシーンがあるが、軍人に自分のことを語らせる際、銃に触らせることが心を開く一助になるのだという、小さな捕捉をくわえておく。


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