シェフ ~三ツ星フードトラック始めました~

映画では、ひとつのストーリーに様々な意味が投影される。

「アイアンマン」で一躍時の人となったジョン・ファブロー監督が、再び自主製作映画に着手した本作は、監督本人の人生経験や、仕事への哲学、また生きることへの賛歌など、重層的な(そしてそのすべてがポジティブな!)テーマを折り重ねている。

しかも、おいしい料理と痛快な話運びではさみ込んだ、誰でも楽しむことができるエンターテイメント作品として仕上げられている。

なお、本作の鑑賞中にはお腹が空くことが予想されるので、食後に観るか、あるいは焼き肉店でも予約してから鑑賞することをお勧めする。


ロサンゼルスの一流レストランで料理長(シェフ)を勤めるカール・キャスパー(ジョン・ファブロー)はある時、料理批評家ラムジー(オリバー・プラット)から痛烈な批判を浴びる。

Twitterでラムジーに反論したことをきっかけに、キャスパーのアカウントは大炎上。ついにはオーナー(ダスティン・ホフマン)ともケンカ別れして仕事を失ってしまう。

元妻イネス(ソフィア・ベルガラ)の勧めでマイアミを訪れたカールは、そこでフードトラック(屋台)を開業することになった。彼をしたってやってきたマーティン(ジョン・レグイザモ)と共に、息子のパーシー(エムジェイ・アンソニー)を連れ、ロサンゼルスまで移動販売をしていくことになる。


映画史上に残る一大プロジェクト、マーベル・シネマティック・ユニバースのかぶら矢、「アイアンマン」を監督したファブローが、製作・主演・脚本・監督を兼ねて製作した意欲作だ。

「アイアンマン」に比較すれば小さな独立系映画なのだが、本編の中でキャスパーの料理が評判を高めていくのと同様にSNSで話題が沸騰し、ついには大ヒットを飛ばしたというのだから、ファブローの名声を一躍高めることになった。

本作を見れば、誰もがファブローの込めた思いを感じずにはいられないはずだ。キャスパーは雇われシェフであり、オーナーが言うままに「いつものメニュー」を作った結果、批評家からは「冒険心を失った、金目当ての料理だ」と酷評される。反論は「シェフにもプライドがある」「一人で作ってるんじゃない」。

「アイアンマン」の後に監督した「カウボーイ&エイリアン」で批評家から厳しい評価を受け、その後自分が製作まで行える小規模な映画を作るに至った事情が透けて見えるような筋立てである。

ちなみに、筆者はけっこう「カウボーイ&エイリアン」が好きだ。宇宙人が採掘のために地球にやってくるところなんか最高だ。


自主製作からキャリアをスタートし、超大作を手がけて一躍世界有数の監督になったかと思えば、酷評を受けて「アイアンマン3」からは降板。そんな彼の人生を押さえて見れば、作品の深みはさらに増す。

だが一方で、オーナー(お金を出す人だ)や批評家(自分では作品を作らず、人の作品には意見を言う人だ)に対しても、決して突き放して、完全な敵として描いているわけではないのも面白い所。

痛烈な批評に対してキャスパーが怒りを覚えるのは、その批評があまりに的確だからだ。また、オーナーの言うことにキャスパーが従ったのも、彼の言うことが正しいと感じたからである。敵対者として演出するキャラクターにも、一分の理を認め、話を前に進める役割を与えているのだから、単にスタンスが立派というだけではない、監督の人格がにじむような描き方をされている。

ファブロー監督に対する悪評が広がったのも、SNSを中心としたインターネットでのことだ。それを反映してか、本作でもキャスパーが職を失う原因となるのはTwitterである。だが一方で、キャスパーの復活を助けるのもまた、Twitterと批評家なのだ。


本作を語る上で外せないのが、画面に登場する様々な料理だ。

とにかくこの料理が美味しそうなのが、本作の一番の見どころだ。ロイ・チョイという料理人(彼もまた、一流ホテルでのシェフからフードトラックでキャリアを再生させた、本作のモデルの一人である)に弟子入りして料理の腕を磨いたファブローの手際は鮮やかそのもの。

キャスパーの料理はもともとエスニックな色合いが強く、フードトラックで始めるのはキューバサンド、という無国籍ぶりだ。その「無国籍」が象徴しているのは、アメリカという国そのものである。

キューバサンドは、もちろんキューバの料理だが、マイアミでも常食されている。同様に、世界中の料理がアメリカには集まってくるのだ。キャスパーのフードトラックは、訪れる土地の料理を様々な形で取り込んでいく。アメリカは移民の国だから、その土地ごとに違った文化が根付いているのである。

後半は、そんなアメリカのあり方にキャスパーが触れ、人に対して料理を作るという、自分が最初から持っていた目標に立ち返って傷を癒し、さらに高い所を目指すロードムービーとなっていく。


その過程で、また別の意味合いが重なっていく。旅にはキャスパーの息子が同行することになる。キャスパーは料理にかまけていて家族をないがしろにしていたせいで離婚したわけだが、料理を手伝う以上は、キャスパーは料理長、息子は料理人だ。そこではじめて、厳しく父性的な表情を見せることになる。

息子にとっては、父親の働いている姿を見たい、という軽い気持ちだったのだろうが、旅を通じて、ふたりは親子としての関係を取り戻していくことになる。序盤の居心地の悪そうなやりとりから一転、どんどん距離が近づいていく姿は、誰にとっても気持ちいいものだろう。

「俺はいい夫でもいい父親でもなかったが、料理は上手い」というセリフには、胸が熱くならずにはいられない。家族と仕事に対するひとつの回答と言えるように思う。


ダスティン・ホフマン、ロバート・ダウニー・Jr、スカーレット・ヨハンソンといったスターが友情出演しているのも見どころ。これも、ファブロー監督が積み上げてきたものがあってこそだろう。

腹の突き出たファブローがソフィア・ベルガラと結婚経験があり、ヨハンソンと交際しているというのはやや職権濫用を感じなくもないが、これだけ面白い映画を作ったのだから、特権を認めてあげよう、という気分になれる。


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