ソロモンの偽証 前篇・事件

現代の文豪と呼んで差し支えないだろう、宮部みゆきの作風は、綿密に練り上げられながらもエンターテイメント性に溢れたミステリー、時代の雰囲気を精緻に描き出した時代小説、そして一方で、ゲーム好きが高じてのキャラクター重視のジュブナイルも手がけている。

それらのすべての要素が集約された「ソロモンの偽証」の映画化だ。もちろん、実写化のハードルも相当に高い。

挑戦するだけでも偉大な原作だが、鑑賞すればそのハードルを越えるだけの核心があったということが分かる。

ストーリーテリングを支えるキャスティングの偉大さもあわせて、映画の力を実感できる。


1990年12月のクリスマス。クラス委員の藤野涼子(藤野涼子)は、学校の裏庭に、同級生の柏木卓也(望月歩)の死体を発見する。

警察は事件を自殺と断定。早々に捜査を打ち切る。しかしテレビ局に特命の告発状が届いたことで、事態は急変。その告発状には、柏木を同級生である大出俊次(清水尋也)たちが殺したのだと書かれていたのだ。

警察と学校はこれを受け、生徒らにカウンセリングと称する聞き込みを開始する。涼子はそのことに気づきながらも、やがて大出にいじめられていた三宅樹理(石井杏奈)と浅井松子(富田望生)を助けられなかった記憶に苦しめられていく。

事態がさらに大きくなっていく中、卓也の友人・神原和彦(板垣瑞生)との出会いをきっかけに、涼子は事件の真相を暴くため、中学生だけの裁判を決断する。


本作の最も印象的な部分は、なんといっても俳優陣だ。

日本映画史上でも最大規模のオーディションが行われ、主演の候補は1万人の中から選ばれたという。そうして選ばれた藤野涼子役・藤野涼子(ややこしいが、役名でデビューした、ということらしい)の存在感は抜群。印象的な目元と額が、何も喋っていなくても「何かを訴えかけている」表情を作り出している。

小説原作ゆえの少々カタいセリフも、彼女がいうと自然に聞こえるのだから見事である。


主演陣も藤野に負けず劣らず、見事に役を演じきっている。

演技よりも前の段階、役と役者を擦り合わせるキャスティングがばっちりはまっていて、彼ら彼女らがスクリーンに現れると、何も説明されなくても「ああ、この子は純朴だけどちょっとニブいんだな」とか、「この子は神経質すぎてまわりと打ち解けられないんだな」と、観客にダイレクトに伝わってくる。

特に、中盤で大きく感情を揺さぶる役割が与えられている浅井松子・富田望生のチャーミングな笑顔は、映画全体を引っぱるだけの強烈な印象を残す。柏木卓也役・望月歩の、(あんまりこっち見ないで欲しいな)と言いたくなるような目つきとは好対照だ。(もちろん、こちらも映画の雰囲気をリードする重要な役である)

2000年前後に生まれた役者たちの好演は、彼らこそこれからの映画・芝居をリードしていくだろうと思わせるに十分なできばえである。


こうしたキャラクターの描きこみは役者だけの力かというと、そうではない。

登場人物たちがどんなふうに生まれ育ってきたかを、その家庭を描くことで観客に伝える手際がうまい。涼子の父親は警察官で、彼女の正義感と、どこか冷めた現実的な視点は父の影響によるものだとにおわせる。

他のキャラクターの家庭も特徴的だ。どの人物も、いまの人格が形成された理由が、きっちりと家庭から伝わってくる。

もちろん、それを支えているのは、主演陣以上に気を使ったであろうベテラン俳優たちである。

難点をあげるならば、

主演の中では卓也と和彦の家庭は描かれていないが、これは後篇へのネタと見て間違いないだろう。


そして、本作はミステリー映画でもある。

なぜ柏木卓也は死んだのか。事件が起きた夜、何があったのか。そうしたことが、後篇の裁判で明かされていくはずだ。

実のところ、犯人が誰なのか、というところには、あまり主眼は置かれていない。告発状を書いた動機も観客からすれば簡単に想像できる。ただ、「目撃した」というシーンを実際の映像として画面に映してしまったのは、少々印象がブレる原因になっているのではないかと思う。

筆者は裁判ものが好きなので、中学生だけの裁判というのも非常に興味がそそられる。本格的な法廷劇を後篇には期待したい。


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