イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密

アラン・チューリングは、現代のコンピュータの基礎を作った人物だ。人工知能を審査する「チューリング・テスト」に名前が残っているが、その功績はあまりに過小評価されてきた。

本編で明かされるとある事情により、彼はその生涯を不名誉な形で閉じている。そのうえ、戦後20年以上もの間、彼が行ってきた活動は国家機密となっていた。しかし2012年、英国貴族院によりチューリングへの恩赦が行われ、彼の名誉と功績がたたえられた。

かくして、悲劇の天才数学者は歴史の脚光を浴び、その活動が広く知られることになる。そして本作において、理想的な形で映像化されたわけだ。

内容はまさに暗号を解くゲームのようだ。さまざまな謎が観客には与えられ、それがひとつひとつ、丁寧に解かれていく。すべてが解き明かされるとき、観客はまさにエニグマを解読したチューリングの喜びに共感し、そして彼が迎えた結末に涙するのだ。


イギリスの田舎町で、とある男が逮捕された。彼の名はアラン・チューリング。天才数学者である彼は、しかし経歴が闇に消えた謎の男だった。事情を聴取しようとする警官を前に、チューリングは自らの半生を語り始める。

1939年、第二次世界大戦中のイギリス。チューリングは、イギリス軍の極秘プロジェクトに参加する。それは、ドイツ軍最強の暗号「エニグマ」の解読チームだった。

エニグマは毎日規則性を変え、そのすべてのパターンを試すには数千年の時間が必要となる。しかし、24時間以内に解読できなければすべての作業が無駄になる。この絶望的な状況を前に、チューリングは解読をする機械を作ろうとするが、ほかのメンバーと激しく衝突する。


ベネディクト・カンバーバッチの演技には脱帽だ。持ち味であるどこか超自然的な雰囲気がアラン・チューリングの役柄にぴったりだ。検索してみればわかるが、まず本人に雰囲気がそっくり。もちろん外見だけでなく、他の人とは考え方の根本が違う、という頭の中を表情や動作で表現してみせている。オスカーノミネートにふさわしい演技力だ。

本作の場合は、その「浮世離れした感じ」は、決して天才性だけが原因ではない。チューリングが抱える内面的な障害や数学に対する絶対的な自信、そして今の彼を決定づけたある過去。そうした何もかもが、微細な表情のひとつひとつにあらわれてくる……そんな演技の積み重ねが、クライマックスの感動や終了後の余韻に大きく影響している。


その特異さゆえに魅力あふれるチューリング博士が本作の最大の見どころなのは言うまでもない。しかし、その味わいはほかの人物との関係性があってこそだ。

キーラ・ナイトレイが演じるジョーンもまた、チューリングと同様に社会の中で居場所を見つけられなかった人物だ。当時の女性の地位を象徴する人物でもあるが、こうした女性差別は現代にいたるまで完全に解消されているとは言えない。

マシュー・グード演じるアレグザンダーをはじめとした暗号解析チームは、はみ出し者であるチューリング夫妻に対しての社会の象徴だ。能力があれば女性を雇用する一方で、適性がなければすぐに古株を解雇してしまう……そんなチューリングの態度に、彼らは当然不満をつのらせていく。

そんな状態から、いかにチームとしての団結を得るようになるのか。その過程はスリリングなうえに、誰にとっても経験のあることだろう。どんな職場でも、気に入らないメンバーや考え方が違う他者と関係を築く必要がある。ジョーンのアドバイスを受けてチューリングが起こす行動は、彼にとっては勇気が必要なことだったに違いない。しかし、その勇気が人間関係、そして社会との折り合いには不可欠なのかもしれない。

筆者にとっては、英雄的な活躍と同じくらい、彼の起こした行動には勇気づけられた。


本作の見どころは大きく分けて二つ。

「エニグマ」という、史上最強の暗号を、いかにして打ち破るかという過程はスリリングで、まさにゲーム的な面白味がある。

他方、アラン・チューリングがいったいどんな人物であったのか……なぜ逮捕されなければならないのか、なぜエニグマを解読するに至ったのか。彼の人物像に関する謎がいくつも提示される。それは名誉回復が行われたのち、歴史の闇に隠されてきた偉人の本当の姿を広く伝えるという運動にそのまま重なる構造だ。

本作の脚本はこの二つの筋を、まさに暗号パズルのように見事に組み合わせ、ひとつのシーンにいくつもの意味合いを重ねて描き出している。

すべての謎が解明されたその時、戦争の裏側で行われてきた暗号解読のゲーム、そして今もなお続けられている、人と社会との間のゲームに思いをはせずにはいられない。


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