バケモノの子


母親との離別をきっかけに、ひとり逃げ出した少年・蓮(声:宮崎あおい)は、夜の渋谷で出会ったバケモノ・熊徹(声:役所広司)の後を追って、バケモノたちの街・渋天街へ迷い込んでしまう。

行くあてのない蓮は熊徹に弟子入りし、「九太」という名を与えられてバケモノの世界の中で成長していく。

やがて17歳になった九太(声:染谷将太)は、ふとしたきっかけで再び人間界へ戻り、楓(声:広瀬すず)と出会う。

期せずして二つの世界を知ってしまった九太だが、一方で熊徹は渋天街のリーダー・尊師の座を賭け、宿命のライバルとの対決に挑もうとしていた。


まず目を引くのは、イマジネーションたっぷりに描き出された異世界・渋天街とそこに住む「バケモノ」と呼ばれる、半人半獣のキャラクターたちだ。

アニメーションは画面に映るものすべてが統制されているから、一見雑多でごみごみして見える風景も、すべて意味と目的を持たされている。

その意味で、現実の渋谷から不思議な裏路地を経て渋天街へとたどり着く冒頭のシーンは、観客を異世界に導くために見事に計算されている。

観客の誰もがどこかで見たことのある渋谷は、監視カメラの映像を交えて、どこか引いた視点で描かれる。しかし、渋天街にたどり着くと九太の視線にカメラを置いた風景になり、ぐいぐい観客を引き込んでいく。

暗い現実から一転、抜けるような青空とともに描かれる渋天街は、九太にとってはまったく知らない世界であると同時に、だからこそ居心地のいい場所になっていくわけだ。


渋天街で暮らすことを決意すると、今度は世界だけでなく人とかかわることになる。

バケモノの世界で九太の親代わりになるのは、体は大きく腕っぷしは強いが自分勝手で粗暴な熊徹。九太と熊徹は早々にケンカになってしまうのだが、なんと先に譲るのは九太のほうという、恐ろしく子供っぽいキャラクターだ。

本作の最重要キャラクターである熊徹を演じるのは名優・役所広司。乱暴だがどこか不器用な優しさを感じさせる、難しい演技を見事に乗りこなしている。九太以上に成長していく熊徹も、演技でしっかりと表現している。

ライバルの猪王山(声:山路和弘)は誰もに慕われる人格者であり、その対比も効果的だ。

また、脇を固める百秋坊(声:リリー・フランキー)と多々良(声:大泉洋)の配役も見事。二人の人物像を利用した少し「ズルい」キャスティングではあるが、それ以上の魅力を引き出している。

俳優がアニメの声を当てると違和感があると批判されることもあるが、主演はもちろん脇に至るまで見事にアニメーションに合わせた演出がつけられている。このあたりは、さすがと感服するしかない。


第一の見せ場は、九太と熊徹、ふたりが互いを理解していく過程だ。九太が17歳になるまでの8年間を、アニメならではの表現方法でテンポ良く描き出していく。

特に一気に時間が流れ始めてからの季節の移り変わりに九太の肉体的成長が重ねられる。こうしたアニメならではの表現によって、わずかな時間でふたりが家族になっていく様を描き出していくわけだ。


声変わりした九太にはっとさせられてはじまる後半は、いよいよ冒険活劇の色を増していく。

渋谷と渋天街、ふたつのよく似た世界の境界線に立ってしまった九太は、楓との出会いを通じて、「自分が本来いるべきだった世界」にやがて惹かれて言ってしまう。だが、それは同時に熊徹との決別を意味することになる。非常に不安定な状態に陥った九太と熊徹は、それぞれがそれぞれの決戦に挑むことになる。

渋谷を舞台に移し、守るべき者を得た九太が、熊徹から離れていかに【自分自身】に立ち向かうのか。ホラー的な手法を織り交ぜた、今までとはまったく違った画面づくりにも注目して欲しい。

しかし、どうもこのクライマックスの描写は、語るべきテーマに対して状況がうまく重ねられていないのではないか、という気がする。文字どおり熊徹が九太の胸に宿ることになる。これは人間が思春期に親から独立しようとするとき、同時に親が内在化することをアニメ的に表現したのだろう。このシーン自体は非常に納得度が高いものだが、そもそも九太は子供の頃から母親の幻影のようなものに無意識に導かれて来ている。つまり、母親の内在化はすでに済んでいるのだ。母親だけでは十分ではないとするつもりなら、これは少々語っている内容が不穏当に感じられてしまう。

あと、最後の決着がつけられるシーンは明らかに説明過多だ。白鯨は自分の内面の象徴であるなら、「ぐっといってバーン!」だけで、久太と熊徹は通じ合えるはずだ。


細田監督は「おおかみこどもの雨と雪」で母親の視点を描いたことと合わせて、一種語るべきテーマにたどり着いた感がある。次回作こそ、新しい境地が観られるはずだ。

筆者はバケモノたちの描写と冒険活劇というテーマから、「名探偵ホームズ」を連想した。

勝手な想像だが、細田監督はそうした「古き良き」アニメの伝統を引き継ぎ、現代に蘇らせることで、いわば誰よりも正当なアニメ作家としての立ち位置を築こう賭しているのではないか。

明るく楽しい映画の裏側に、そんな頼もしい野心さえ感じさせてくれる一作だ。


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