進撃の巨人 ATTACK ON TITAN

コミック作品の実写化は、今や日本映画のみならず世界的な潮流といえる。

さて、「進撃の巨人」は世界中で記録的なヒットを飛ばしている人気シリーズであり、いわば映画原作コミックの大本命。すでにテレビアニメシリーズが製作され、その内容をまとめた映画版前後編も大好評だ。

その作品舞台は文明が崩壊した未来かつヨーロッパ調。日本映画で、一種の「異世界」をいかに作り込むことができるか。何より、重大な衝撃をもって迎えられた巨人の恐ろしさを実写映画で再現できるか。

実写化それ自体が、いわば世界市場という巨人への挑戦になる一作。偉大なる挑戦作として、この夏の映画界を賑わすことは間違いない。


100年以上前、突如現れた巨人たちによって、人類の大半は捕食された。生き残った人類は三重の壁を築き、文明が崩壊した世界で、巨人から身を隠して暮らしてきた。

壁の中で生まれ育ったエレン(三浦春馬)は、そんな状況に対し、苛立ちを覚えていた。幼なじみのミカサ(水原希子)、アルミン(本田奏多)と共に壁に近づいたとき、超大型巨人が壁の一部を破壊する。なだれ込んできた巨人たちは再び人間たちを食いはじめる。

地獄のような状況から生き延びたエレンは、壁を修復するための調査兵団の一員となって巨人との戦いに挑もうとしていた……。


まず立場をはっきりさせておこう。筆者は原作、およびアニメ版「進撃の巨人」にまだ触れていない。

もちろん作品のビジュアルや基本的な設定は耳にしているが、本格的に読むのはこの前編と後編の間、というつもりで望んだ。

そのため、原作やアニメとの相違点は以下では語らないのでご注意。


とにかく特筆すべきは、この作品の最も重要な部分、すなわち「巨人」という存在の描写だ。

冒頭に登場する、「進撃の巨人」の顔とも言える「超大型巨人」はスクリーンを揺るがさんばかりの大迫力。単なるCGではなく、実際にミニチュアを作って撮影したという。

その甲斐あって、恐ろしいデザインが説得力を持って描かれている。動きにもいちいち重量感があり、轟々と響く音響も相まって、「そこに巨人がいる!」「とんでもないことが起きている!」という実感を観客に与えること間違いなしだ。

後編では超大型巨人との決戦が描かれることが予想される。日本特撮技術のすべてを注ぎ込んだ映像を期待したい。


超大型以外の巨人も見せ場がたっぷりだ。こちらもCGではなく、特殊メイクと合成技術を組み合わせ、実在感たっぷりに描き出している。

とはいえ、その結果巨人が非常に「人間っぽく」見えてしまうのは少々考えものだ。後半では「他の巨人と違って知性がある」という旨のセリフがあり、これには驚かされた。その時まで筆者は巨人は人間のような知性があるものだと思っていたからだ。人間を使っているのだから人間っぽい動作、人間っぽい表情になってしまうのは当然で、人間的な知性がない存在として描いていたのなら、もう少し徹底した演出が必要だったように思う。

特に中盤、ある状況で窓から覗き込んでいる巨人、という構図の撮り方はさすがに生理的な恐怖心を覚える見事なシーンだ。

そのシーンが一刻を争う事態なのになぜか4人(いや6人か)も持ち場を与えられずにいちゃついていたり、明らかに巨人が周囲にいる中で大声を上げていたりしなければ、もっと怖かったはずだろう。

個人的なお気に入りを上げるなら、立体機動で接近してくる兵士を掌で壁に叩きつけ、その血を嬉しそうに舐めるシーンが最高だと思う。


そして、巨人の存在感を支えているのは、見事に描き混まれた背景世界だ。

正直に言って、日本映画でこれほどしっかりとした異世界(未来世界と言い換えてもいい)を観ることができるのは、非常に稀な体験ではないかと思う。

冒頭で描かれる壁の中の生活にも説得力があるし、セットも見事で、きちんとこうした暮らしをしているのだと感じられる。

また、主人公エレンに強烈な動機を与える「壁」も合成っぽい浮いたものには見えず、そこにあるという存在感がある。

とはいえ、エレンが壁について独白するシーンに壁が映っていないのは不自然に感じられた。筆者は京都で暮らしていたことがあるが、京都ではどこからでも周囲の山が見える。あの壁の中は京都盆地よりも広いのだろうか、などと考えてしまった。


そうして作り込まれた画面で描き出されるドラマは、まさに地獄ともいえる状況にエレンを追い込んでいく容赦のなさが魅力だ。

巨人が人を食い、血しぶきがあがる残酷描写を通じて、エレンが今まで憎みつつも甘えてきた「壁の中」の世界を徹底的に破壊し、最も大事なものまでもを奪わせる。エレンにとっては、巨人と戦うことだけが、その場で生き残っ(てしまっ)た自分の存在を証明する唯一の手段となるわけだ。

エレンへの追い込みは、むしろ調査兵団として出発してからのほうが苛烈だ。最強の兵士・シキシマ(長谷川博己)は、言ってみれば人類を戦場に駆り立てるハーメルンの笛吹きだ。エレンたちは彼に導かれるまま巨人との無謀な戦いに挑み、次々に命を落としていく。

シキシマの演技がいちいち過剰でクドく、物語上の役割を超えてイヤなヤツに見えることはこの際置いておこう。

そして、エレンがついに地獄の底ともいえる場所までたどり着いた時、本作最大のカタルシスが待っている。そこからのアクションは今までとはまるで世界が違うものになっており、登場人物たちにとっての世界の反転とも重なる見事な展開である。

スーツアクターを使ってのエレン巨人体の戦闘は、ウルトラマン的な巨大ヒーローのそれに重なる。今までの展開も相まって、ここは素直に燃える。


とはいえ、アクション・スペクタクルシーン以外の展開や演出には不満が残る。エレンが調査兵団に入ったのはなんのためかといえば、ミカサを奪った巨人に復讐するためだろう。それなら、ミカサと再会したのちは、エレンの動機・目的を再定義する必要があるはずだ。それなのに、なぜかミカサと話すよりも先にケンカを始める。これでは感情移入するのは難しい。

誰もが気になることだろうが、巨人が人間の声に敏感という設定なのに、声を押し殺そうとするようなシーンがほとんどない。感情が高ぶれば当然とでも言いたげに大声を上げるため、「こいつらは巨人に襲われたいのか?」という疑問が浮かぶ。2年もの間訓練をしてきたのなら、まず声を出さない訓練からはじめるべきではなかったか。

訓練といえば、立体機動装置はワイヤーで移動しているはずなのに重みや遠心力がほとんど感じられない。また明らかに兵士たちは立体機動装置の扱いに慣れておらず、まともに使いもせずにやられる展開が目立つ。いくら人手不足で急造とはいっても、これではなんの訓練も施していないように見える。戦場でいちゃついているカップルなんて論外だ。そんな状態で兵士たちが食われても、「悔しい」とか「かわいそう」という気持ちにはならない。どちらかというと「それみたことか」という感じだ。こういったドラマの積み重ね不足が、せっかく迫力のあるアクションやスペクタクルを台無しにしている。

本作は前編であり、残された謎や伏線は後編の「エンド オブ ザ ワールド」で明かされることだろう。原作やアニメとはまた違った、実写ならではの物語と世界が完成することを願っている。


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