アントマン

「アントマン」は現代映画界の台風の目、アメコミヒーローものの中でも最大の勢力に発達したマーベル・シネマティック・ユニバース、フェイズ2の最後を飾る一作だ。

さまざまな事情から製作が遅れ、本来は「アベンジャーズ2」の前に公開される予定がずれこみ、シナリオが直された。

結果から言えば、この改編は大成功に結び付いた。壮大な出来事を描く「アベンジャーズ2」の一方で、非常にミニマムな話として描かれる本作の出来事は、アントマンというヒーローの個性と結びつき、他で観たことのないヒーロー映画の傑作となっている。


スコット・ラング(ポール・ラッド)は、電子技術者でありながら義憤に駆られて勤め先に潜入・窃盗を行った罪で刑務所に服役していた。刑期を終えて社会に復帰しようとするものの、彼を受け入れてくれる職場は見つからない。

娘のキャシーへの養育費を払うため、友人であるルイス(マイケル・ペーニャ)にそそのかされて、富豪ハンク・ピム(マイケル・ダグラス)の家へ潜入する。堅牢な金庫を破ってみれば、そこから出てきたのは金目のものにはとうてい見えないヘルメットとスーツだった。

その正体はピムが開発した、「ピム粒子」を扱うためのスーツ。ピム粒子は物質の大きさを自由自在に変えるという、世界を変えてしまうほどの発明だった。

一方、ピムの弟子であったクロス(コリー・ストール)は、アントマンの技術を兵器に転用するため、独自に研究を続けていた。ピムはその開発を止めさせるため、スコットにわざとアントマンスーツを盗ませたのだった。クロスの研究成果を盗むため、スコットのアントマンとしての訓練がはじまる……。


冒頭ではスコットとルイスたちの窃盗団がピム博士の家に忍び込み、アントマンスーツを盗みますまでが描かれる。

このシーンが強奪ものとして実によくできている。高い身体能力、豊富な知識、そして機転を駆使して難物の金庫をものの数分で破って見せる。ここの手際は、そこらの映画ならクライマックスになってもおかしくないほどだ。

こうした主人公スコットの能力は、他のヒーロー映画ではめったに見られないものだろう。娘のことは愛しているし罪を償いたいとは思っているが、追い込まれると悪い手段に訴えてしまう。「大いなる力には大いなる責任が伴う」というのは同じマーベルヒーローであるスパイダーマンのテーマだが、スコットは責任を果たしたくても力が伴っていない状態にまで追い込まれてしまっている。

そんな彼が、アントマンスーツを手に入れたことで人生の転機を迎える瞬間は、それだけでも大きなカタルシスになる見事なシーンだ。


「アントマン」の武器はその「小ささ」だ。人間の知能を持ちながら、身長たった1.5センチの生き物がいたら……。厄介なのは簡単に想像がつくだろう。ほとんど透明人間と同じようなものだし、どこにでも入り込むことができる。

だが、映画を観てみればその能力の多彩さに驚くことだろう。厄介なんてものではない。小さくなってもパンチ力は変わらないから、人を殴れば銃弾がぶつかったのと同じ。また、他の物の大きさを変えることもできるから、どんなものでも小さくして盗み出すことが可能。

さらに加えて、脳波を使ってアリたちに命令を送ることができる。アリは地球上の陸上生物では唯一、人間と同等のバイオマスを持っているとされるほど強力な生物だ。それをアントマンは乗り物として、足場として、忠実な部下として縦横無尽に使いこなす。

このため、アリが何度も画面にアップで映るので、昆虫が苦手という人は注意だ。

あと、ヤギが大好きな人も。


こうして、スコット・ラングがアントマンのスーツを身にまとった時、最小だが最高のヒーローになる……というわけにはいかない。

次に始まるのは、スコットがアントマンの力を操ることができるように訓練するシーンだ。思い出してみてほしい。「アイアンマン」映画の一番好きなシーンはどこか。もちろん、スタークがアイアンマンスーツの改良を重ね、「ただの男」からヒーローになっていく過程だ。ここでは、それと同じことが起きる。スコットは力を身に着けていくと同時に、その責任を負う決意を固める。正義と、そしてよりよい人生のために最大の危険に身を投じていく。

総決算としてスターク社の倉庫(だった場所)に忍び込むわけだが、ここで登場するファルコン(アンソニー・マッキー)とのアクションシーンは爆笑もの。往年の特撮技術で作ったような、どこかチープな画面づくりもあってシリアスになりすぎない本作を象徴している。また、「ウィンターソルジャー」では社会との戦いすら決意したあのファルコンが、今作では「キャップには黙っておいてくれ」なんてコメディチックなセリフまで言い、両作を合わせてみれば世界観やキャラクターがますます深まって感じられる。

一方では、本作のヴィラン(悪役)・クロスがアントマンの謎を解明していく姿が描かれる。全年齢映画だから直接的にグロテスクなシーンはないものの、恐ろしく残忍な彼の行動にあっと驚かされることは間違いないだろう。

ヤギの扱いも残酷だ。ネズミならいいのかと言われたら、筆者も閉口するしかないのだが。


その後始まる怒涛のクライマックスはアントマンの能力をさまざまに生かしたアクションシーンの連続で見応え抜群だ。

アントマンが小さくなったシーンではミニチュアセットと特殊なレンズを使い、まるで本当にごくごく小さなカメラで撮影したかのような独特の表現がなされている。リアリティ抜群の画面は、この荒唐無稽なアイデアを映画的快感に結びつけてみせている。

観客が予想もつかないような複雑なアクションを見事にこなして見せたり、かと思えば突然実物大の画面になって観客の笑いを誘う。予告でも見られる、機関車トーマスのシーンなどは爆笑必至だ。

緩急のつけ方は絶妙で、軽妙なセリフのやりとりで抜群のテンポを出している。ルイスをはじめとしたコメディリリーフの活躍も見もので、アクションシーンの間の息抜きも兼ねた笑いを提供してくれている。このあたりは、脚本を手がけたエドガー・ライトのコメディセンスが発揮されている。

短いながらも、ピムの妻であったワスプのエピソードは涙を誘う。「キャプテン・アメリカ

ファースト・アベンジャー」でキャップが見せたのと同じ、「真のヒーロー」の姿に大いに感情を揺さぶられたのは、筆者だけではないだろう。締めるところは締めてあるからこそ、コメディシーンでは大いに笑うことができるのだ。

本作は非常に狭い舞台で物語が進む。実際に物語の展開にかかわるのは、ほぼ三つの建物の中でだけ。人間関係という意味でも、ハンク・ピムを中心として数人の人物の中で展開していくストーリーだ。しかし、そんな狭い人間関係の中で、二組の親子、そしてピムとクロスの関係が上手に重ねあわされている。

アイアンマンやキャプテン・アメリカが世界を股にかけている中で、そんな小さなところで戦っているヒーローもいる。だがその小さな物語も、アントマンというヒーローにはぴったり重なる。

アントマンはこれから「キャプテン・アメリカ

シビル・ウォー」をはじめとした広大なMCUの世界観に参加していくことになるが、あくまでオリジンはこの小さな話の中にあると考えると、いくつもの映画を同じ世界で描くことでしか味わえない深みが感じられる。

正直言って、筆者はもうアントマン=スコット・ラングのことが大好きになっている。早く、彼がキャプテン・アメリカやファルコンとともに戦う姿が観たい。

そして誰よりも、ワスプと並んでの活躍を!

続編の製作が決定して嬉しい、とだけ書いて感想を終えることにする。


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