アイアムアヒーロー

ゾンビ映画はホラーのサブジャンルとして生まれたが、今やそれだけで一大ジャンルを形成しているといっても差し支えないだろう。それほどまでに多くの映画ファンに愛されるようになったのには、他のジャンルでは得られないいくつかのツボを持っているからだ。

本作「アイアムアヒーロー」は、その点において非常に高水準、かつきっちりツボを押さえた作りであることに加え、日本ならではの要素をふんだんに盛り込んだ、まさにジャパニーズゾンビ映画。

グロ表現がどうしても無理、というわけでなければ、確実に誰もが楽しめる一本だ。


主人公・鈴木英雄(大泉洋)は、売れない漫画家。いつか大ヒット作家を夢見ながらも、アシスタントでなんとか食いつないでいる、うだつの上がらない日々を過ごしていた。

しかし、そんな退屈な日常が突如として終わる。原因不明の病原体により、人格が崩壊した歩く死体“ZQN”が出現。日本中をパニックに陥れる。女子高生・比呂美(有村架純)とともに辛くも生き残った英雄は、富士山を目指す。

途中、立ち寄ったアウトレットモールで伊浦(吉沢悠)ひきいるコミュニティに合流。藪(長澤まさみ)らと生活を共にする。しかし、そのコミュニティの食料はすでに限界を迎えており、地下にあるという食料庫への突撃を刊行するが……。


本作は花沢健吾による同名の漫画の実写化作品だ。現代の日本を舞台にしており、しかもゾンビといえば低予算映画の定番。漫画の実写化と言っても、比較的実現しやすい部類、と言うことはできる。

しかし、本作はそんな「実写化しやすい」程度の甘えの上には立っていない。低予算どころか気合の入りまくった特殊メイクで表現されたZQNたちは、R-15指定に恥じないほどのグロテスクさ。なかでも、片瀬那奈演じる英雄の恋人、てっこがZQNとなって現れるシーンはすさまじいインパクトで、それまでに積み上げられた世界観を盛大に破壊してくれる。

日本製のゾンビ映画はそれほど数が多いわけではないが、これほどゾンビを恐ろしく、そして力強く描いて見せた例はないだろう。驚かせるだけでなく、人間が別種の何かになってしまった恐怖や、捕食者として人間に食らいつこうとする恐怖がぞんぶんに味わえる。高水準のホラーである。


さらに素晴らしいことに、パニック描写は感動的だ。前半は日本の日常と崩壊が描かれるわけだが、この崩壊のカタルシスがまたとんでもない。片瀬那奈のシーンが三段跳びの「ホップ」とすれば、その後の仕事場で手際よくルール説明を行い(ステップ)、そして日常のあらゆるレベルが崩壊してしまったことを示して見せる、見渡す限りのパニック描写で一気にジャンプする。素晴らしい段取りで「変わってしまった世界」に観客を引き込んでくれる。

なお、この「ステップ」において、主人公である英雄が「一線を越える」という描写がある。日常から非日常へと主人公が足を踏み入れるシーンは映画において非常に重要な瞬間だが、これがなんと「土足で室内にあがる」という、ごく小さいながら、日本ならではの細やかな描写になっている。本作では、随所にこうした「日本ならでは」の演出が配置され、「日本で作られたゾンビ映画」としての矜持を感じてしまう。

とにかくこのパニック描写が最高で、主人公の目に見える範囲で異常がどんどん広がっていき、はるか上のレベルでも何か決定的な変化が起こってしまった、ということを見せるスケールの広げ方。しかもそれが、日本の街の中で描かれるのだからたまらない。劇中のセリフではないが、ありとあらゆる人間に大して「ざまあみろ!」とでも言って見せるような、非常に後ろ暗い快感がある(映画はこの後ろ暗い快感を味わうには最適なメディアだ)。

ZQNが一斉に発生したのちは、街中で大量のエキストラを使った大パニックが描かれる。人間からなったばかりの新鮮な(?)ZQNがほとんどだから、傍目には誰が人間で誰がZQNかの見分けがつかない中での追いかけっこがあちこちではじまるのは、まさに大パニック。筆者があの場にいたら、5秒ともたず噛まれる自信がある。

「ジャンプ」で大パニックを描いた直後に、そのままノンストップのカーアクションまで突入するのだからたまらない。猛スピードで突っ走る車から引きずられているシーンを見るとテンションが上がるのは映画ファンの遺伝子に刻み込まれた快楽中枢なので、これはもう逆らいがたい魅力だ。また、パニックとカーアクションの間にはちょっとした息抜きにあたるシーンがあるが、ここでアニメ「未確認で進行形」を引用してみせるのも、非常に現代的、かつ日本ならではの演出で、立派な姿勢だ。


映画のちょうど真ん中を境目にして、舞台はアウトレットモールへと移る。もちろん原作にある展開なのだが、「ゾンビ」(ドーン・オブ・ザ・デッド)から連綿と続くゾンビ映画というジャンルそのものへのオマージュという意味もあるだろう。

ゾンビ映画では、その特異な世界設定の中で生きる人間同士の醜い争いが描かれるのもジャンル的定番だ。そしてもちろん、本作もその点を大いに楽しむことができる。小規模ながら、ギリギリの線で保たれてきたコミュニティに、英雄が訪れたことで決定的な変化が起きる。その原因は、英雄が趣味のために携帯していたショットガンだ。

ここまで触れてこなかったが、日本ならではのゾンビ映画として決定的案特徴がある。日本では銃がなかなか登場させられないということだ。本作では、英雄が持つクレーン射撃用、つまりスポーツ用のショットガンが唯一の火器となる。スポーツ用とはいえ、殺傷力のあるそれを巡ってコミュニティの男たちは醜いマウンティングを繰り広げる。これもまた非常に観にくくて最高だ。

食料を奪還するための作戦が決行されたあとは、ひたすら怒涛の展開だ。クライマックスの大アクションシーンは、ここまでのバイオレンスは製作国を問わずめったにみられ枚ほどの凄惨なものになっている。

が、特筆すべきはその直前。英雄がロッカーの中に閉じこもってからのシークエンスだ。「弱虫の主人公が、なけなしの勇気を振り絞る」というよくあるシーンを、これほど胸に突き刺さる描写をされては、もう膝から崩れ落ちるほどの衝撃だ。最初にここを見たときは、来るべきカタルシスの瞬間に向けて、「うおお!」と上がりそうになる声を必死で抑え込んでいた。たとえ社会が崩壊したとしても法律を守ろうとする、善良かついくじのない主人公に感情移入していた身としても、これほどのご褒美はない。


最後になってしまったが、配役も完璧だ。

主人公・鈴木秀雄を演じる大泉洋はこれまでも独特の存在感を活かした役を多くこなしてきたが、「情けなさ」が何よりも求められるキャラクターをこれほど体現してみせるのは、見事というほかない。

ヒロインにあたる比呂美役の有村架純は、少ないセリフで厚みのあるキャラクターの過去を匂わせ、「俺が君を守る!」と思わず口にしてしまいそうな存在感を醸し出している。

英雄、比呂美と疑似的な家族関係を作るに至る藪・長澤まさみも、「強い女性」と口で言ってしまえば簡単だが、あの状況の中での様々な苦難をにおわせてくれる。

本作において、男の嫌な側面を一手に引き受ける伊浦を演じる吉沢悠にも賞賛を送りたい。映画であんなに「サイコパス!」と言いたくなる人は久しぶりにみた。


本作のアクションシーンは大部分が日本では撮影が不可能で、韓国での撮影になったとのことだが、そこまでしてでも実現させたかったビジョンを、はっきりと感じることができる。

これほどのスケール感、そしてR-15でしか描けないインパクトで作品世界と日本人のための物語を描き出した監督はじめ関係者には心から感謝を述べたい。

そして望ことなら、中田コロリ(片桐仁)の活躍を描くためにも、ぜひ続編の製作をお願いしたい


このボタンを押すと、ネタバレ部分が表示されます。

アイアムアヒーロー」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 360 frontal

コメントは停止中です。